2010年7月12日月曜日

呼びかけあうこと/佐野吉彦

過ぎ行く春か、繁れる緑か。平河町ミュージックスの春公演は、豊かな手ごたえをもたらしつつ、完結した。まずは、第1回の沢井一恵さん。さまざまな箏を、位置を変えて弾きわけ、空間に独特な香気を漂わせていた。第2回のクラリネットの草刈麻紀さんをリーダーとする木管アンサンブルとこんにゃく座の歌役者のおふたりは、空間に愉悦と弾みを与えてくれた。ロゴバの持つ場所の面白さを発見して、あるいはそれに触発されて、この場にしかない新しい表現が生み出された印象がある。じつに、かけがえのない、楽しい時間を味わうことができた。

この平河町ミュージックスは平井洋さん、小沼純一さん、西川純一さんと手づくり・手探りで始めたシリーズだったが、運営スタッフに何かと汗をかいてもらった。それぞれに対し呼びかけあい、奮戦しながら呼吸をあわせていったところは、まさに室内楽をつくりあげるプロセスだ。さて、この空間にはステージがない。どこまでが奏者でどこまでが観衆なのかが画然と分かれた風景ではない。空間がやわらかく全体を包み、家具が身体をくるんでいるものだ。その一方で、音楽のクオリティの高さにおいて、奏者と観衆とのあいだにきちんとした線が存在している。共有しながら、お互いへの敬意を失わない空気が、回を重ねてできあがりつつあるように思う。

さて、第3回は漆原啓子さんのバイオリンと片岡詩乃さんのハープ。雨が降りしきる夕べ、雫の音と濡れそぼる街角を背景に置きながら、繊細な音のつらなりが空間に満たされてゆく。後半の高橋悠治さんによる3曲では、過去2回同様、空間を水平垂直に移動しながらの表現が試みられた。これら高橋さんの音楽には「多様な声」が重なりあっている。それぞれの曲において高橋さんと響きあった詩が小沼さんによって朗読されたが、作曲家も詩人も、奏者もお互いにていねいに呼びかけあっていたように思われた。この場における試みには高橋さんが宿す精神が欠かせないことをあらためて感じた。この場から呼びかける声はどこまで届くだろうか。平河町ミュージックスは、この世界をともに生きることの意味を問いかけることになったと言えるかもしれない。こりゃ重大なミッションだぞ。

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