2012年5月12日土曜日

平河町ミュージックス第15回 低音デュオ 松平敬&橋本晋哉  ひろがりゆく低音 を聴いた


公演前日の夜、
松平敬と橋本晋哉は
作曲家湯浅譲二を迎えて、
言葉と音のニュアンスを確かめていた。

公演当日の通し稽古には、
作曲家山根明季子が、
二人に語りかけた。


幕開けは、
グレゴリオ聖歌/低音デュオ編「我深き淵より」
バリトンとセルバンが空気を低く震えさせ
空間が神聖さを帯びてくる。

鈴木治行「沼地の水」
歌唱とテキスト、そしてチューバの音が、
巧妙に絡み合う。
作曲家鈴木が客席で二人の響きを静かに聴いていた。

パラレリウス/「モンテヌス写本」より「花咲き乱れ」で、
聴衆が肩の力を抜いた後、
ジョン ケージ「二人のための音楽」。
松平が中2階に、橋本が1階をゆっくり移動しながらうたう。
iPhoneで時間を計りながら、
ケージが譜面にしるした記号を正確に音に変えていく。

休憩のあと
セルバンからチューバに
変化をとげた楽器の変遷について、
橋本が、軽妙な語り口で解説する。

山根明季子「水玉コレクションNo.12
バリトンと正反対の松平のファルセットと
橋本が声を重ねて奏するチューバの重音が、
不思議な響きを刻み、空気を彩る。

作者不詳「セイキロスの墓碑銘」
現存する世界最古の完全楽譜を低音デュオが編曲し初演。
モンゴルのホーミーを思わせる声が、
セルバンの音に溶ける。

湯浅譲二「天気予報所見」
『人間の感情から遠い天気予報のテキストに、
様々な感情表現を音響的に加えた音楽的表現』と
湯浅が語るパフォーマンスに、聴衆は見事に引き込まれた。

空間にひろがりゆく低音は、
聴衆の体の芯まで届き、
何よりも、松平、橋本の飾らない人柄がその低音と相まって、
低音がひとにもたらす本能的な安堵感が
この空間のひとときを支配したように思う。






平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ  木村佐近


2012年4月14日土曜日

平河町ミュージックス第14回 萩 京子  オペラとソングの日々・・・こんにゃく座のうたたち を聴いた

公演を迎える二週間前から、
萩京子とこんにゃく座の歌い手たちは、
この場所で、周到な準備をしていた。
公演当日の午後からの通し稽古を終えて、
開演とともに、華やかな衣装を身にまとい、
130余名の観客の待つ空間に現れた。











古今東西の詩人のことばに
萩京子と林光が作曲した
ソング集のはじまり。






オペラシアターこんにゃく座の
座付作曲家・ピアニスト萩京子が、
自身の作品を電子ピアノで奏で、
それに、
こんにゃく座の歌い手、大石哲史、梅村博美、
相原智枝、岡原真弓が、歌声と所作を重ねていく。



ソングは、
萩京子と林光に美しい音を与えられ、
歌い手たちの声にのって、
観客の心に沁み入ってくる。





ソングは、また、
なめらかな旋律をともないながら、
にほんご のふかい意味と味わいをもって、
観客に迫ってくる。





歌い手たちは、
空間の隅々まで、くまなく活かして歌い、
響きに奥行きを与えた。






萩京子と歌い手たちが身に付けた華やかな衣装について
語りが入った。
「宮城県石巻市の創業140年余の呉服店から
津波に遭ったキモノを譲り受け、泥を洗い、仕立て直して
演奏者などにリースされているドレスであると・・・。」
観客は、被災地の風景を一瞬思い浮かべ、
華やかに生まれ変わった衣装を目前にして、
深いため息を漏らした。

24曲を歌い終わり、
さらに2曲のアンコールで歌いおさめた。

心地よい余韻が残った。






萩京子は「ソング」を
オペラのようにひたすら芸術性に走るのではなく、
歌謡曲のように大衆に媚びるものでもなく、
それでいて、ひとの記憶に深くとどまり、
容易に口ずさむことができる。
芸術性と大衆性を兼ね備えた
にほんご の「うた」だと語っている。


たくさんの「ソング」を
たくさんのひとが聴いた。

心に残るものがたくさんあった。

美しい旋律、うたたち・・・
そして、こんにゃく座の「ひとたち」も。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2012年3月17日土曜日

平河町ミュージックス第13回公演 田島和枝 春の響きを聴く を聴いた

春の響きは、天上から降りてきた。
はじまりは、
田島和枝と大塚淳平が奏でる
平調調子(ひょうじょうのちょうし)雅楽古典曲。
吐く息も吸う息も音になる笙から、
途切れなく、ゆらぎながら、あふれ出る響きが空間を満たした。










中二階から二人が歩きながら笙を奏でる。
笙から発する響きは空間全体を大きな波動で支配し、
ただでさえ、笙がどこで鳴っているのか定かではないのに、
笙が歩くことで、目を閉じると、響き全体が渦巻くような錯覚を覚え
めまいさえ感じさせる。




越天楽(えてんらく)に続き
大塚の唄う笙歌に田島が笙の音色を重ねる。
笙の音が終わった時、一瞬、無音の静寂が訪れ、
聞きなれているはずの日常の音が、
聞きなれない音として次第に聴こえてくる。
不思議な感覚だ。



John Cage(ジョン・ケージ)のOne9(ワンナイン)より。
この楽曲を、かつて田島の師匠は
「できるだけ小さい音で吹け」と田島におしえた。
楽譜に示された音の長さを、iPhoneのストップウォッチで
正確にたしかめながら、消え入るような音を奏でた。
小さな音と次の小さな音の間の、音の無いひとときに、
今まで聴こえなかった街角の様々な営みの音が聴こえ出し、
笙のメロディーに組み込まれていく。

嘉辰(かしん)のあと、
即興曲と、雙調調子(そうじょうのちょうし)。
二人は、空間を巡り歩き、
その響きはふたたび渦巻いた。
1階に田島、中二階に大塚が巡りきたとき
最後の笙の響きが鳴り終り、静寂に戻った。



アンコール曲で余韻に浸った聴衆は、
演奏後の田島と大塚を取り囲んだ。
田島の静かな語り口に聴衆が聴き入った。








笙は吸い吐く呼吸そのものが音になる楽器。
17本の竹に付いているリードは
自らクジャク石を粉に挽き溶いて塗り、音を整える。
その調律は二日がかりであること。
「調律で音が合った時の感覚がたまらなく好き。」
「笙は、その場の空気を音にしてお返しするもの。」
「笙は、その場の空気を整えるお香のようなもの。」


日本に生まれながら、
笙を手の届く場所で見聴きすることのない聴衆は、
今日のひとときに五感を揺さぶられたに違いない。

春の響きにとどまることなく、
四季を通じて、
その響きがより多くの人々に届くことを願いながら、
田島の手のひらに包まれた笙を見ていた。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2011年12月10日土曜日

平河町ミュージックス第12回公演 山田百子 古部賢一 ふたつの木のひびき  を聴いた

公演当日の通し稽古に、
二人は、「A Crow」の作曲家 近藤譲を迎えて、
ひとつひとつの音符の意味をていねいに確かめた。
ソプラノサックスとフルートのために書かれた原曲を
ヴァイオリンとオーボエで奏でる世界初演のこの日のために。



















開演
テレマン「2つの楽曲のためのカノンによる6つのソナタ」の
おだやかな音色に、
聴衆は一気にふたつの木のひびきに呑みこまれていく。
そして
雅楽を彷彿とさせる不思議な旋律、近藤譲「A Crow/烏」 。
林光「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」とつづく。












後半の冒頭
古部が巧みな話術で楽器を説明したあと、
ブリテン「オウィディウスによる6つのメタモルフォーゼ」のストーリーを
1階の客席で山田がひとつずつ朗読し、
中2階の古部がオーボエでそれらを幻想的な音楽に変容してみせた。





モーツアルト「歌劇 『魔笛』 より」
作品のストーリーを、読み解きながら、
二人で奏でる。








アンコールに、ドンジョバンニなどを弾き終えたあと、
「いろいろなことがあった一年でしたが、
来年が良い年でありますように」と語り、
さいごにクリスマスメロディーを添えた。

聴衆は静かに激動の一年を振り返り、
ふたつのひびきの余韻に浸った。


卓越したそれぞれの技と、
夫婦の絶妙の間合いで生まれる美しい旋律は
この二人にしか紡ぎだすことのできない
貴重な「ふたつの木のひびき」なのだと思った。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2011年11月19日土曜日

平河町ミュージックス第11回公演 江原千絵  極東の列島からみはるかすヨーロッパの東  を聴いた







ブダペストにある恩師コヴァーチ・デーネシュの墓前で、
江原千絵が生前伝え切れなかった感謝の言葉を語りかけると、
「君はいつバルトークを発表するんだ?
と言う先生の声が聴こえたような気がしたのです。
先生が弾くとバルトークは難解な曲ではなく、素朴な歌に聴こえます。
折角先生に背中を押されたのですから、
私も歌に聴こえるように弾きたいです。」
江原がコンサートに先立ち、寄せた文章である。



公演当日の昼下がり、江原は、念入りに響きを確かめていた。
3時間近く、1度も休まず、譜面に向き合い、弾き続けた。
欧風家具を探し求めてロゴバに出入りする人々の往来にも、
江原の集中力は途切れなかった。





開演。
聴衆の目が江原の絃を見つめた。
弓が動いた。
白い空間に沁みこむバルトークの世界。
不思議な音の組合せが素朴な歌のような響きを生み出す。




休憩のあと、
クルターク・ジョルジィ「サイン、ゲーム、メッセージ」
高橋悠治「七つのバラがやぶにさく」とつづく。
高橋は、中二階で聴いていた。
終演後、そこから降りてきた高橋は穏やかな笑みをたたえていた。
偉大な作曲家の心を動かしたのだ。
最後に、
ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビバー「パッサカリア」
でコンサートを静かにしめくくった。

アンコールを弾く余裕がないほどのプログラムを終えた江原に
小沼純一が訊いた。
オーケストラアンサンブル金沢の第二ヴァイオリン主席奏者と
聴衆の前で初めて弾くソロの無伴奏ヴァイオリンの違いについて。
「オーケストラの首席奏者は、
信号のない3車線の交差点で交通整理をしているようなもの。
ソロで弾くことは、
誰も助けてくれない孤独でした。」
江原の言葉にその重圧の中を弾き抜いた安堵感が漂う。


江原はプロフィールの中で、
「芸人として、また母として、積極的に活動中。」と自身を表した。
言葉の節々に、気品の漂う風貌からは計り知れない
人としての強さが垣間見え、その語り口にも魅了された。
そして、
「素朴な歌に聴こえるようなバルトーク」は、
極東の列島からみはるかすヨーロッパの東に眠る恩師の耳にも
きっと届いたに違いないと思った。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2011年10月22日土曜日

平河町ミュージックス第10回公演    松田美緒・北村聡  CANTO LIBRE  を聴いた

公演の前夜、
初秋の肌寒さを感じながら、
セーターに身を包んだ松田美緒と
バンドネオンを抱えた北村聡が
空間の響きを確かめていた。













公演当日、
ガラスのそとは、小雨模様。
北村のバンドネオンの音色が
湿り気をおびた空気を震わせた。
松田のうたが始まる。





何と、松田が客席を背にして、
ガラスの外に向かって、うたい始めた。
こえの粒が、ガラスに跳ね返り、
白い空間に舞い散った。
不思議なひとときが流れた。





「作りすぎたり、リバーブをかけ過ぎたりはしたくない。
自然に聴き手に届いてほしいと思っている。」
そう語っていた松田は、
椅子に身をゆだねて、なめらかにうたう。





休憩時間のざわめきが静まり、
中二階の上から、うたごえが降りてきた。
自然で美しい アカペラ が、
空間を満たした。






バンドネオンを愛おしく抱えながら
北村が小沼純一の問いに答える
「バンドネオンの魅力解説」も
聴衆をひきつけた。






そのバンドネオンとともに、
北村が中二階に移動して弾く。
さらに、
松田がそれに、こえを重ねる。






中二階の北村と、1階に降りた松田の
響きのやりとり。
どの場所でうたうこえも、
しっかりと空間を響かせる。






最後のアンコール曲は、
聴衆の中をめぐりながら。
聴衆の目と耳が、
歌姫を追う。







松田は、世界中を駆け巡り、
そのうたごえには、
彼女が旅する様々な地域の魂が宿ると言われている。
あっけらかんと、笑う素直な笑顔の向こうにも、
その魂を垣間見たような気がした。
そしてまた、ここで、そのうたごえを聴いてみたいと思った。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近