2011年11月19日土曜日

平河町ミュージックス第11回公演 江原千絵  極東の列島からみはるかすヨーロッパの東  を聴いた







ブダペストにある恩師コヴァーチ・デーネシュの墓前で、
江原千絵が生前伝え切れなかった感謝の言葉を語りかけると、
「君はいつバルトークを発表するんだ?
と言う先生の声が聴こえたような気がしたのです。
先生が弾くとバルトークは難解な曲ではなく、素朴な歌に聴こえます。
折角先生に背中を押されたのですから、
私も歌に聴こえるように弾きたいです。」
江原がコンサートに先立ち、寄せた文章である。



公演当日の昼下がり、江原は、念入りに響きを確かめていた。
3時間近く、1度も休まず、譜面に向き合い、弾き続けた。
欧風家具を探し求めてロゴバに出入りする人々の往来にも、
江原の集中力は途切れなかった。





開演。
聴衆の目が江原の絃を見つめた。
弓が動いた。
白い空間に沁みこむバルトークの世界。
不思議な音の組合せが素朴な歌のような響きを生み出す。




休憩のあと、
クルターク・ジョルジィ「サイン、ゲーム、メッセージ」
高橋悠治「七つのバラがやぶにさく」とつづく。
高橋は、中二階で聴いていた。
終演後、そこから降りてきた高橋は穏やかな笑みをたたえていた。
偉大な作曲家の心を動かしたのだ。
最後に、
ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビバー「パッサカリア」
でコンサートを静かにしめくくった。

アンコールを弾く余裕がないほどのプログラムを終えた江原に
小沼純一が訊いた。
オーケストラアンサンブル金沢の第二ヴァイオリン主席奏者と
聴衆の前で初めて弾くソロの無伴奏ヴァイオリンの違いについて。
「オーケストラの首席奏者は、
信号のない3車線の交差点で交通整理をしているようなもの。
ソロで弾くことは、
誰も助けてくれない孤独でした。」
江原の言葉にその重圧の中を弾き抜いた安堵感が漂う。


江原はプロフィールの中で、
「芸人として、また母として、積極的に活動中。」と自身を表した。
言葉の節々に、気品の漂う風貌からは計り知れない
人としての強さが垣間見え、その語り口にも魅了された。
そして、
「素朴な歌に聴こえるようなバルトーク」は、
極東の列島からみはるかすヨーロッパの東に眠る恩師の耳にも
きっと届いたに違いないと思った。


平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近