2017年7月29日土曜日

平河町ミュージックス第44回 濱野杜輝(バリトン)、太田咲耶(ハープ)、藤川大晃(作編曲) 杜のうた ~ハープとバリトンで紡ぐ僕らの物語~ を聴いた 2017/7/28 

公演前日の昼下がり
濱野杜輝、太田咲耶、藤川大晃が現れた。
 

開演
ハープのふくよかな響きにつづき、
バリトンの奥深く力強い歌声が空間に満たされる。
赤とんぼ / 作曲 山田耕筰 作詞 三木露風

力強い歌声とはうらはらな、ひょうひょうとした語りと絶妙な間合いをとりながら、聴衆を一気に濱野ワールドに引き込んでゆく。
みぞれに寄する愛の歌 / 作曲 山田耕筰 作詞 北原白秋
庭の千草  / アイルランド民謡 訳詞 里見義 編曲 藤川大晃
ダニーボーイ  / アイルランド民謡 訳詞 なかにし礼 編曲 藤川大晃

太田咲耶がひとり残る。
ハープの楽器説明のあと、
軽やかに弦の上に手のひらを泳がせる。
オリエンタルガーデン ハープソロのために / 作曲 徳山 美奈子

ふたたび濱野と太田がならんだ。
明治43年にボート転覆により、逗子開成高校の生徒12名が命を落とした海難事故を悔やみ、賛美歌に作詞した三角錫子は濱野の祖母の祖母にあたり、その遺志をひきついで、うたう。
悲哀の物語は美しい歌声と弦の響きにのり、聴衆の心を強く揺さぶった。多くの聴衆の目から涙があふれるのを見た。
真白き富士の根 / 作曲 J.インガルス 作詞 三角錫子 編曲 藤川大晃

悲哀の物語に揺さぶられた聴衆の心は、なつかしい旋律によって癒されていく。
朧月夜 / 作曲 岡野貞一 作詞 高山辰之 編曲 藤川大晃
子守唄 / 作曲 團伊玖磨 作詞 野上彰 編曲 藤川大晃

休憩のあと。
濱野が選んだ7つの詩は、並べることで物語性を帯び、それを藤川大晃が楽譜に置き換えた楽曲。
並べられた谷川俊太郎をはじめとする詩人の選りすぐりの言霊は、「人生は美しい詩に溢れている と気づかせ、一日の流れや、人生までもを感じさせる」と、藤川が語っているように、
7つの詩を聴きながら、時空の流れに想いを巡らせる。
杜のうた / 作曲 藤川 大晃

満身創痍ながら、懸命に生きているおばあさんが目に浮かぶ楽曲。
母を思い出した。
ぽつねん / 作曲 武満徹 作詞 谷川俊太郎 編曲 藤川大晃

ずっしりと心に沁み入る言葉を、濱野がうたう。
哀愁をさそう弦の響きが空間に沁みわたる。
また、涙ぐむ。
死んだ男の残したものは / 作曲 武満徹 作詞 谷川俊太郎 編曲 藤川大晃

「希望に満ちた 島 を探し続けています。」
遠くを見つめたくなる楽曲で幕を閉じた。
島へ / 作曲 武満徹 作詞 井沢満 編曲 藤川大晃


拍手がなりやまなかった。

アンコールは、
武満徹の「小さな空」
「こどもの頃を思い出した。」とうたいながら、舞台をあとにした。


今日は、にほんごの持つ「言霊の力」と、それに音を与えることで生まれる「音楽の力」をあらためて、目の当たりにした。
そして、その「力」は、東京藝術大学大学院で学ぶ3人の並外れた才能によって操られ、満席の聴衆を感動のるつぼ に見事に惹きこんだ。
「杜のうた」と銘打つ若い彼らの見ている杜の向こうに見えるものは何か。・・・それを見守りたいと思ったのは私だけだろうか。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ  木村佐近















2017年4月22日土曜日

平河町ミュージックス第43回 工藤あかね(ソプラノ)孤独のバベル~身体表現をともなう現代無伴奏声楽曲 を聴いた 2017/4/21 

公演前日の夕暮れ時
工藤あかねが一人で現れた。
一とおり歌ったあとは、
声をまもるため、無言で身体表現の所作をたしかめていた。

開演
のびやかで澄みきった歌声が、
一気に
空間をあかね色に染めていく。
高橋悠治 /長谷川四郎の猫の歌

はげしい感情のうつろいを
10種類の声いろを用いて表現し、
ストップウォッチを見ながら、10分間に凝縮させる。
あかね色が鮮やかな十色に変幻する。
ジョン・ケージ /アリア(1958)

7つのオペラから抽出され、抽象化された世界。
作曲家によって、音と所作が厳格に規定されているという。
「作曲家の規定が厳格であればあるほど、その先に歌い手の個性が出る」と 演奏のあと工藤が語った。
カールハインツ・シュトックハウゼン /一週間の7つの歌(1986


休憩の後は、
人間の悪業に神が怒り、人間同士の言葉を通じなくしたというバベルの塔の逸話を6つの言語で歌う。
言語ごとに歌い分けられる旋律の一つ一つの中にも、相容れない気質が混在していて、意思の疎通はそもそも言語以前のものであると暗示している と工藤は言う。
神に代わり、作曲家が各言語に込めた悪意に満ちた音が空間を不気味に揺らす。
マウリシオ・カーゲル /バベルの塔(2002)より イタリア語、英語、ドイツ語、ポルトガル語、ラテン語、日本語

この楽譜は、その解釈を演奏者に一任し、身体的表現を示唆する暗号が盛り込まれているという。
工藤は、一階から中二階までを くまなく使い、それぞれの悲劇の物語を 声と身体の動きに変えて、美しく表現する、
言葉はわからずとも、不思議なことに深い悲しみの感情が伝わってくるようだ。
シルヴァーノ・ブソッティ /声のための観念的バレエ「涙」(1978)

アンコールに、工藤はカーゲルのバベルの塔を、悪意なく、ふつうに歌い、舞台をあとにした。

そこには、澄みわたるソプラノによる現代無伴奏声楽曲が揺さぶりをかけた心地よい空気の余韻と、指先の動きまでもが美しい工藤の身体的表現の残像が残っていた。
この あかね色の空気感と残像は、聴衆の記憶に深く刻まれ、永く残るに違いない。 と 思った。






平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近