稲野珠緒と仲間たちがあつまった。
安島瑶山は尺八をたずさえ。
稲野と、久米彩音、西村安世は、
さまざまな打楽器を運びこんだ。
仲間たちの放つ音に、期待が高まる。
開演
アフリカの太鼓「ジャンべ」に
稲野の手のひらが触れ、
久米と西村の手が相槌を打つ。
楽譜に踊る小刻みな音符を、3人の手が忠実に音に変えていく。
打音は激しく、ときには繊細に、自在に空間を震わせる。
からだのなかの血が泡立ってくるような
心地よい振動に身を任せ、
聴衆は一気に稲野たちの世界に引き込まれる。
「オコー」/ クセナキス
久米が中二階に移り、「羽衣の舞」の物語を語りはじめる。
安島が尺八の音色を物語にかさねる。
稲野はビブラフォンやマリンバ、そして数々の楽器を打ち分け、
物語の奥深い情景をつくりだす。
語り 横笛 打楽器のための「羽衣の舞」/ 松下功
語り 横笛 打楽器のための「羽衣の舞」/ 松下功
仲間たちの会話もまた楽しい。
安島が、稲野と大学の同窓生であることや、
尺八について語ったあと、
師匠山本邦山作曲「甲乙」を披露する。
さらに次の曲の作曲家で打楽器奏者でもある神田佳子さん。
「自分で削りだしたサクラの木片からも音楽ができるのが
打楽器曲のおもしろさでもあります。」と。
サクラの丸太を削ってつくった木琴や
おもちゃの木琴の素朴で澄んだ音が
小気味の良いリズムにのって
3人が囲んだテーブルからはじき出される。
メッセージより「木」/ 神田佳子
メッセージより「木」/ 神田佳子
休憩の静寂を破るように、
異なる音色の3台のスネアドラムが鳴りだす。
6本のスティックが鼓面を目に見えない速さで駆けめぐる。
「ポイント・ポイント・ポイント」/ 田村文生
「ポイント・ポイント・ポイント」/ 田村文生
音を出さない曲が始まった。
聴衆がかりだされ3楽章を3つのグループにそれぞれ振り分けた。
第1楽章のグループが、状況のわからないまま、ドラムを無造作に鳴らし始めてしまった。
音を止める様子もなく、無音の第2楽章にすすむ。
前段のドラムの音がかえって無音を強調することになる。
ケージは作曲の前に、無音室で、2つの音を聴いたという。
一つは神経系の高音。もう一つは血管の血流の低音。
・・・2つの音が聴こえたような気がした。
それにしても、無音の曲さえ、こんなに聴衆を巻き込んで楽しんでしまう稲野と仲間たち。すばらしい!
「4分33秒」/ ジョン・ケージ
「4分33秒」/ ジョン・ケージ
稲野がマリンバと向き合った。
マレットが鍵盤の上をはずみ、やわらかな響きに包まれる。
「橋をわたって」/ 高橋悠治
「橋をわたって」/ 高橋悠治
最後に独奏。
パーカッションを前に、後ろのドラムはかかとで打ち鳴らす。
稲野は楽しそうに、笑みさえたたえながら、
しかしその手先や足は正確に複雑なリズムを刻んでいく。
「サイド・バイ・サイド」/ 北爪道夫
「サイド・バイ・サイド」/ 北爪道夫
4年前の地震の直後、2011年4月8日
稲野珠緒は久米彩音らの仲間とともに、
この場所で演奏したことがある。
甚大な被害に世の中の空気がよどむなか、
稲野らのはじける演奏を聴いた私は、
その日のブログをこんな風に締めくくった。
「それにしても、
稲野の笑顔は素敵だ。
激しく楽器を叩くときも、強く打つときも、
稲野は体全体で楽しみ、笑みを浮かべる。
打つ、叩き、リズムを刻むことは、
ひとが古来持っている楽しみの一つ。
それを音楽に創り上げる稲野とその仲間たちから、
楽しさが美しい響きとともに伝わってくる。
今日は、元気をもらった。」
4年のあいだに稲野はさらに円熟味を増し、輝いていた。
そして、やはり、
今日も 元気をもらった。
平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ 木村佐近