2015年11月21日土曜日

平河町ミュージックス第36回 アリュール 無伴奏合唱の夕べ を聴いた

前日の夜、
声楽以外のプロの器楽奏者による「アリュール」女声合唱団21名のメンバーのうち、
公演に出演する、★を除く18名が、普段の演奏楽器を持たずに現れた。
メンバーの立ち位置を曲目に応じて入れ替え、響きのバランスを念入りに たしかめていた。
ソプラノ
黒尾友美子大出満美★高橋典子坂元陽子
メゾソプラノ
黒尾文恵久保千草中島佳代嶋村順子★杉本真木宮崎香織米納幸子草刈麻紀井口葉子★榊原道子鈴木永子三矢幸子
アルト
田代美穂子井村裕美半田規子広瀬祐子植田彩子

公演当日の夕刻
はじまりはストレッチ体操から・・・であった。
アリュールのボイストレーナー新明裕子の掛け声にあわせ、
上半身から肩、首筋が順にほぐされて、やがて発声練習に入る。

開演
かつて14世紀ごろにスペインの聖地に響いていたであろう旋律が、中2階から、つづいて1階の入り口から、聴こえてきた。
その厳かな歌声は、聴衆の中を巡り、白い空間を聖母マリアへの賛美の色へと一気に染め上げた。
モンセラートの朱い本より「喜びの都の女王」

新明がアリュールの紹介と曲目について語りはじめた。
「主よ、私たちの罪に従って、・・・私たちに報いがあらんことを。」
そして、聴衆は、18の美しい歌声につつまれる。
ジョスカン デ プレ「主よ、私たちの罪に従って」

「ミサ曲は、うつむき加減でなく、もう少し上を向いて明るく歌おうよ。私たちが神の声になる必要はない。ひとの声で歌えば良いのです。」新明がリハーサルで語った言葉を思い出しながら、明るく澄みわたった歌声を聴き、ひとの声のむこうに神を感じる。
眼を閉じると、まるで大聖堂にいるようだ。
バード3声のミサより
「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「アニュース デイ」

政治と経済の絶頂期にあった16世紀のスペインで音楽や美術も黄金時代を迎え、高揚した時代の空気が、宗教曲にも華やかで煌びやかな情感を込めさせたことを、歌声の中に感じる。
ヴィクトリア「ドゥオ セラフィム クラマバントゥ」


休憩のあとの後半は20世紀の作曲家の作品がつづく。
「十字架に架けられたキリストの言葉」と「聖母マリアを讃えたもの」というハンガリーの作曲家の作品は、中世の楽曲のようでもあるが、中世とは異なる現代的な響きが含まれているのを聴き取ることができる。
コチャール「おお、すべての人よ」「栄えあれ、女王よ」

日本の小中学校の合唱コンクールのスタンダードナンバーにもなっている楽曲は、ハンガリーの作曲家により創られた作品。
バールドシュ「ヘンルーダの花が咲いたら」

ハンガリーの子供たちが無理なく歌うことのできる音域のなかに、自然やその恵みへの感謝や祈り、愛やその愛を失ってしまった悲しみ、喜びや孤独などを表現している作品。
アリュールが初めてのアンサンブルコンテストで受賞し、第一回演奏会で歌った思い入れの深い曲を、ここで、のびやかに歌う。
バルトーク「まじない」「さすらい  」「神様がともにおられますように!」

わきおこった大きな拍手にこたえ、
アンコールとして一足早いクリスマスプレゼント曲を残し、譜面を閉じた。
「声楽のプロはアリュールに参加することができません。本業の楽器の演奏だけでも大きな負担で、それに加えてメンバー全員が集まることも大変ですが、10年間続けてこられたのは、一見本業とは関係のないことに没頭することが、結局自分の楽器の創作活動の糧になることを、メンバーひとり一人が一番良く知っているからです。」 と 演奏のあと、平河町ミュージックス3度目登場のクラリネット奏者草刈麻紀が淡々と語った。
それぞれがプロの器楽奏者でありながら、美しい声を持ち寄って創り出す清らかで厳かな響きの中に、さらなる高みを求めて共に集うアリュールの崇高な意志を感じたのは私だけだろうか。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近









2015年10月18日日曜日

平河町ミュージックス第35回 荒井英治  無伴奏ヴァイオリン in ROGOBA Ⅱ を聴いた

公演前日と、金曜日当日の公演前
荒井英治は、念入りにヴァイオリンと向き合い、
その音色が届くところに、奥様の姿があった。



開演
絃に弓が触れ、重く、しかし、艶やかな音が空気を震わせる。
作曲家がイスラエルを旅した直後に書いたという曲は、
空間をユダヤ的な不思議な色彩に染め上げた。
アンドレ・ジョリヴェ:ラ プソディ組曲より
B-アリア & C-インテルメッツォ


心の内面から出てくる叫び声に似た響きからはじまった。
民衆のエネルギーを取り込んだ民族音楽のような旋律に続き、
震えるような激しい弓さばきから はじき出される音 に圧倒される。
グラジナ・バツェヴィチ:無伴奏ソナタ 第2番



のびやかで穏やかな旋律が、しだいに装飾され、細分化され、変化をしていく。
作曲家高橋悠治が満足気な表情で、客席から荒井の音色の変化を追っていた。
高橋悠治:七つのバラがやぶにさく



休憩のあと
高橋の楽曲がつづく。
その譜面にちりばめられた39もの楽譜の断片。
それらをつなぎ合わせて荒井が音楽を紡ぎだす。
高橋悠治:星火



何かに憑りつかれたような激しい不協和音が響いたかと思うと、
穏やかな旋律があらわれる。
それを幾度となく繰り返す。
高橋悠治:冷たい風吹く地上から



反ユダヤが吹き荒れる不安な時代に生きたヴァインベルグによる
ユダヤ音楽の旋律とリズムが、
理性に満ちた平和な空間を、容赦なく揺らす。
ミチェスワフ・ヴァインベルグ: 無伴奏ソナタ 第2番


さいごに、
美しい小品をアンコール曲に加え、弓を置いた。

荒井は、新星日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを長きにわたって歴任し、現在、さらにあらたなステージに立って、より多様な音楽活動に挑んでいる。昨年、平河町ミュージックスにも登場し、初演の曲も含め、今回と同様に普段耳にすることの少ない楽曲を奏でた。




聴きなれて耳に馴染んだ旋律は、心を癒し、思考を緩慢にさせるが、
聴きなれない楽曲は、心のひだに引っかかり、
自身に向き合い、妄想にも似た思考を強要する。

「気安く音楽が手に入り、なんの抵抗もなく享受される日常の中で、
音は何のためにあるのか?音楽は何がどれだけ必要なのか?」
昨年のプログラムに記された荒井の文章を思い出しながら、
今日もまた、荒井の深い思索と、紡ぎだす圧倒的な響きを前に、
妄想にも似た感覚がよみがえってくるのを感じた。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2015年9月19日土曜日

平河町ミュージックス第34回 稲野珠緒   稲野珠緒(打楽器)と仲間たち を聴いた

公演前夜
稲野珠緒と仲間たちがあつまった。
安島瑶山は尺八をたずさえ。

稲野と、久米彩音、西村安世は、
さまざまな打楽器を運びこんだ。
仲間たちの放つ音に、期待が高まる。


開演
アフリカの太鼓「ジャンべ」に
稲野の手のひらが触れ、
久米と西村の手が相槌を打つ。
楽譜に踊る小刻みな音符を、3人の手が忠実に音に変えていく。
打音は激しく、ときには繊細に、自在に空間を震わせる。
からだのなかの血が泡立ってくるような
心地よい振動に身を任せ、
聴衆は一気に稲野たちの世界に引き込まれる。
「オコー」/ クセナキス

久米が中二階に移り、「羽衣の舞」の物語を語りはじめる。
安島が尺八の音色を物語にかさねる。
稲野はビブラフォンやマリンバ、そして数々の楽器を打ち分け、
物語の奥深い情景をつくりだす。
語り 横笛 打楽器のための「羽衣の舞」/ 松下功

仲間たちの会話もまた楽しい。
安島が、稲野と大学の同窓生であることや、
尺八について語ったあと、
師匠山本邦山作曲「甲乙」を披露する。

さらに次の曲の作曲家で打楽器奏者でもある神田佳子さん。
「自分で削りだしたサクラの木片からも音楽ができるのが
打楽器曲のおもしろさでもあります。」と。

サクラの丸太を削ってつくった木琴や
おもちゃの木琴の素朴で澄んだ音が
小気味の良いリズムにのって
3人が囲んだテーブルからはじき出される。
メッセージより「木」/ 神田佳子


休憩の静寂を破るように、
異なる音色の3台のスネアドラムが鳴りだす。
6本のスティックが鼓面を目に見えない速さで駆けめぐる。
「ポイント・ポイント・ポイント」/ 田村文生

音を出さない曲が始まった。
聴衆がかりだされ3楽章を3つのグループにそれぞれ振り分けた。
第1楽章のグループが、状況のわからないまま、ドラムを無造作に鳴らし始めてしまった。
音を止める様子もなく、無音の第2楽章にすすむ。
前段のドラムの音がかえって無音を強調することになる。
ケージは作曲の前に、無音室で、2つの音を聴いたという。
一つは神経系の高音。もう一つは血管の血流の低音。
・・・2つの音が聴こえたような気がした。
それにしても、無音の曲さえ、こんなに聴衆を巻き込んで楽しんでしまう稲野と仲間たち。すばらしい!
433秒」/ ジョン・ケージ

稲野がマリンバと向き合った。
マレットが鍵盤の上をはずみ、やわらかな響きに包まれる。
「橋をわたって」/ 高橋悠治

最後に独奏。
パーカッションを前に、後ろのドラムはかかとで打ち鳴らす。
稲野は楽しそうに、笑みさえたたえながら、
しかしその手先や足は正確に複雑なリズムを刻んでいく。
「サイド・バイ・サイド」/ 北爪道夫

4年前の地震の直後、201148
稲野珠緒は久米彩音らの仲間とともに、
この場所で演奏したことがある。
甚大な被害に世の中の空気がよどむなか、
稲野らのはじける演奏を聴いた私は、
その日のブログをこんな風に締めくくった。
「それにしても、
稲野の笑顔は素敵だ。
激しく楽器を叩くときも、強く打つときも、
稲野は体全体で楽しみ、笑みを浮かべる。
打つ、叩き、リズムを刻むことは、
ひとが古来持っている楽しみの一つ。
それを音楽に創り上げる稲野とその仲間たちから、
楽しさが美しい響きとともに伝わってくる。
今日は、元気をもらった。」

4年のあいだに稲野はさらに円熟味を増し、輝いていた。
そして、やはり、
今日も 元気をもらった。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近

2015年7月11日土曜日

平河町ミュージックス第33回 福永千恵子 箏リサイタル を聴いた

公演前夜
福永千恵子(箏)が、
田嶋謙一(尺八)と野澤徹也(三味線)とともに現れ、
ていねいに音をあわせていた。







開演
福永の指が絃をはじき、
箏がうたいはじめる。
野のうた その一 / 間宮芳生作曲

大学で教鞭をとり、後進の育成にもあたっている福永が、
穏やかで軽妙な語り口で、野澤と田嶋の輝かしい経歴を紹介し、
そのあいだに楽器が並べ替えられた。

やがて、
三つの楽器が叫ぶようになりはじめる。
断片に切り取られた音が、はじけながら次々に繰り出され、
空気が、緊張感を帯びる。
聴衆は、ひとつひとつの音を聴き逃すまいと、息をひそめた。
断章Ⅰ / 細川俊夫作曲

伝統的な連句の精神や在り方を、
精神の営みの観点から楽曲に反映させたと、
かつて初演のときに語った作曲家の一柳慧が、
客席から、福永の指先を見つめていた。
そして、演奏が終わったとき、満面の笑みでその響きを讃えた。
うつし / 一柳慧作曲

極楽国土の七宝の池には、青い蓮の華に青い光が、
黄色には黄色の、白には白の光を放ち、ありのままに不自然なく咲いている。
阿弥陀経に謳われたその様子を表現した音は、
それぞれの色から放たれる光と芳香のように 降り注いでは消え、
やがて聴き手の心の底に、残響と残り香を堆積する。
そう語った作曲家の権代敦彦もまた、福永に客席から惜しみなく拍手を送った。
青色青光/黄色黄光/赤色赤光/白色白光op.87 / 権代敦彦作曲

布を川水にさらす作業の様子を響きに置き換えた曲。
三つの楽器の音が、小走りに互いを追いかけ、折り重なっていく。
その旋律の先に、
川の流れや、川面に揺れる布、うつろう川辺の情景が浮かんでくる。
さらし幻想曲 / 中能島欣一作曲


福永が語った。
現代邦楽の作品は、高度な演奏技術を要求するものも多く、
初演後、再演する機会に恵まれない委嘱作品がいくつも温存されている。
それらを演奏して世に出すことで、
次の世代に素敵な楽曲の存在を知らせ 残していきたい。
今日は、若い二人の力を借りて頑張って演奏します。
気負わず、しかし箏に正面から全力で向き合う福永の背中を、
田嶋と野澤が見つめる。
現代邦楽の魅力とその精神が、
脈々と受け継がれている気配を感じるひとときであった。



平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近








2015年6月20日土曜日

平河町ミュージックス第32回 片岡詩乃&久一忠之&大植圭太郎&近藤孝憲  「おとで夜遊び」片岡詩乃となかまたち を聴いた

公演前夜
片岡詩乃(ハープ)と、
3人のなかまたち、
久一忠之(パーカッション)大植圭太郎(オーボエ)近藤孝憲(フルート)
がそれぞれの響きを たしかめていた。



開演
近藤のフルートの澄んだ音に
片岡のハープが重なり、
大植のオーボエが呼吸をはじめる。
清らかで心地よい響きで空間が一気に満たされる。
ベルリオーズ:キリストの幼時(FL,Ob,Harp

近藤に久一のパーカッションが小気味のよい相づちを打つ。
聴衆はくりかえす旋律に身をゆだねる。
ジョリヴェ: ピホーベック、 130 (Fl,Perc)

片岡が高橋悠治氏に作曲を委嘱したハープソロ曲、
アイリッシュハープの弦に片岡の指が触れ、
一弦ごとに深いゆらぎを伴った音をはじき出す。
高橋悠治:そしてまた…

ハープのとなりにオーボエとフルートが並んだ。
ガラスの外の見慣れた街の夜景の動きが、
つぎつぎと繰り出される聴きなれない響きと混ざり合う。
現実と夢想のはざまで、
武満徹の音の魔術が空間を支配する。
武満徹:ユーカリプス (Ob,Fl,Harp)

休憩のあと
久一がひとり、小太鼓に向き合った。
木のスティックからはじまり、
手のあらゆる部分、ブラシなどを超絶技巧であやつり、
すさまじいほどの音の破片をたたきだす。
静寂が戻った時、客席から「ブラヴォー!」の声が飛んだ。
・アレクセイ・ゲラジメッツ:アスヴェンチュラス (Perc)

激しいドラムの余韻が残る中、
オーボエとハープが並んだ。
一転して優美な響きに聴衆を引き込む。
ドビュッシー :「オーボエとハープのための5つの小品」より(Ob,Harp)
         プレリュード(ベルガマスク組曲)、
         ヒースの荒野(前奏曲集第二巻)、
         アラベスク第2番

現代的な旋律から、中世の民謡風、三拍子系の舞曲へと
フルートの響きにオーボエが絡み合いながら、
3つの小品が軽快に うつろいでいく。
ボサ: フルートとオーボエのための3つの小品(Fl,Ob)

ピッコロは中国の竹笛、大太鼓はインドの太鼓、ハープはまるで箏のように、
西洋楽器本来の音とは違う音が縦横無尽に飛びかう。
編み出される音の一音一音に驚きながら、聴き入る。
そして、鳥肌が立つ。
タンドゥン: イン・ディスタンス (Ob,Picc,Perc,Harp)

大きな拍手に包まれた。
アンコール曲は、ふたたび4人がそろった。
美しい旋律が空間を清めるように漂った。
ショッカー:セプテンバー・モーン

すでに平河町ミュージックスで
ヴァイオリンの漆原啓子と共演したことのある片岡、
今回は、3人のボーイフレンドを引き連れての再登場。
難易度の高い楽曲を織り交ぜながら、
はじめてのユニットとは思えない見事なハーモニーを奏でた。

片岡となかまたち の創り出す響きは、
「おとで夜遊び」 にふさわしく、とても自由闊達で伸びやか。
そして、あまりにも多彩な音に彩られていた。
聴衆は、かれらの遊び場 に足を踏み入れ、
まるで夜遊びをともに楽しんでいるようでもあった。




平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ   木村佐近