十三絃箏から響く八橋検校作曲「六段」の華麗な音色の余韻に酔いしれる間もなく、
場内の空気が一変した。
聞き耳を立てる。
紀元前5世紀中国の墳墓から出土した五絃琴を国立劇場が復元したという楽器から、高橋悠治作曲「畝火山」の素朴でかすかな音が聴こえてくる。
沢井一恵のつぶやきにも似た言葉が、その音を撫でるかのように重なる。
かすかな音を聴き逃すまいと百人余の聴衆の耳が一斉に沢井の音を追いかける。
その時、いままで、聴こえなかったものが聴こえはじめる。
聴衆が凝らす息の音、ガラス越しに走り去る車の音、道行く人の声、
いつもなら騒がしく感じる音達が、沢井の音と言葉に素直に重なる。
紀元前の中国の人々の前で、この楽器は、絃の音を聴かせるだけでなく、その音の背景にある静寂や木々のざわめき、あるいは神々のつぶやきまでも、人々に聴かせていたのではないか。
敏感になった聴覚に痛みさえ感じながら、そう思った。
沢井は、曲目ごとに異なる絃を使い、演奏する場所を移動した。
北欧家具に囲まれ洗練された空間に、曲目が変わるごとに、それぞれ全く別の世界が現れた。
絃に手の届く位置で、聴衆はいつもとちがう沢井の世界に引き込まれた。
そして、ガラスの外には、いつもの平河町があった。
平河町ミュージックス実行委員会ワーキンググループ 木村佐近
2010年5月29日土曜日
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